第11章 都市伝説
「まずは集中力と、何事にも動じない冷静さを身に付けないとね!一緒に滝行でも行こっか。」
いたずらっぽく笑う蒼井は、蒼井の母親にそっくりだと思った。風に吹かれ、頬に掛かる蒼井の髪をそっと避けてやる。相も変わらずこいつの髪はさらさらで、触っていると心地が良い。もっと、触りたくなってしまう。
指先でその絹のような髪に触れていれば、不意に蒼井が口を開く。
「と、轟くんってさ…誰にでもこんなことしてるの、」
「…いや、悪い。嫌だったか。」
そういえば、髪は女の命だ、と叱られたことを思い出す。他人の、しかも男に、こんなにべたべた触られては嫌だっただろうか。少なくとも俺の目には蒼井は喜んでいるように見えていたのだが、俺の都合の良い思い込みだっただろうか。
「そ、そうじゃなくて~……」
「…悪い、女の髪なんて触ったこと無かったから、配慮が足りなかった。」
「…!わ、わたしは良いんだけど!全然!轟くんが触りたいなら、存分に触って頂いて…!」
くるりと後ろを向いて顔を隠してしまう。触れる度朱が灯る頬も綺麗で好きだったが、仕方なく首の後ろ側から髪を掬い撫でる。重力に全く逆らうことなく俺の手から落ちる髪は、何度も何度も見ているのに全く飽きることなく俺の心をくすぐる。
ふと、髪の隙間から見える真っ赤になった耳に目が行く。
「ッぉうふ?!」
「……」
思考するより先に、真っ赤に染まった耳の輪郭に触れると、蒼井は飛び跳ねて触れた耳を押さえながら真ん丸の目をこちらに向ける。
「なっ、なにすっ」
「悪い、つい。」
「ついって何…!?」
この会話、前にもしたな。
嘘はついていない、こいつの全てに興味を引かれて、つい、触れたくなる。触れてはいけないと分かっていても、蒼井のあまりの無防備さに、触れても許されると心のどこかで思ってしまう。
「…悪かった。この前も。」
「こ、この前って、」
赤くなっていた頬が更に赤くなる。
何か言いたげに視線を迷わせていた。
あの口付けの理由を聞かれると思った。ただ触れたい、その感情のままに触れた。それは、蒼井にとって、至極悩ましいことだったに違いない。愛だの恋だのにこれまで全く興味が無かった俺でもわかることだった。