第4章 旅立ち
翌朝、ギンコさんが起きてくる前に朝食の準備を済ませて緋袴ではなく黒袴に着替えた。
「んー…やっぱり丈が短くなってしまってるわね」
久しぶりに着た黒袴は大きさこそぴったりではあったものの、下の袴の丈が思っていたよりも短くなっていた。
「まぁ数年前のものだし仕方ないと割り切るしかないか。今からじゃ時間もないし」
そして髪も高い位置で結わえ、大切にしまっていた狐の能面を取り出した。
それはまだ化け物と呼ばれる前、両親が旅商人から買ってくれた唯一のものだった。
「父様…母様…これまで私を育ててくれてありがとうございました。私は今日、生まれ育ったこの村を出ていきます」
面にむかって小さく呟く。村に暮らしているであろう両親へ。
「あとはコレね」
村から小屋へ移る時、せめてもの情けで護身用にと与えられた脇差。結局は1度も使ったことなく手入れだけはいていたが、旅に出るとあれば使う場面に遭遇する可能性も否めない。
「…よし」
今に戻ると、丁度ギンコさんが起きてきたところだった。彼は私の格好を見て軽く目を見開いた。
「お前さん…その格好…」
「私決めました。この村を出ます」
「…そうか。別れの挨拶とかは?」
「いりません。別れを言うような相手もいませんし」
「両親には…、いや。愚問だったな」
何かを察したらしいギンコさんは目を伏せて発言を取り消し、食事の席に着いた。
「ならその面をつけて村の出口に行っていてくれ。村人達には蟲姫は亡くなったと伝えておこう」
「ありがとうございます」
そしてこの小屋で過ごす最後の時間を朝食とともに過ごし、慣れ親しんだ家をでた。
(そういえばこの湖ともお別れか…)
私は周囲に集まっていた蟲達にある「命令」を下した。
『私はこの湖を離れるけれど、あなた達にはこの湖を護ってほしい』