第19章 夜明けの譚詩曲
『…もも……?』
「……零じゃなかったら、全部、全部ありえなかった。あの日通りかかったのが別の誰かだったら、オレは声を掛けるどころか、目さえとめてないよ。……それに、あの日出会ったのは偶然なんかじゃない。オレのしてきた選択と、零がしてきた選択が、出会わせてくれたんだ。オレたちは、自分の意思で出会ったんだよ」
『……自分の意思で……?』
「うん。全部、零だったから。ここまで来れたんだ。ねえ、零は世界中の誰よりもキュートで、優しいスターだよ。こんなに魅力的な女のコは、世界に二人といない。零におもてなしされたら、雨水だってシャンパンの味に変わっちゃう」
『………っ』
「だから、もっと自信をもって。たとえ会場で何があっても、笑っていて。君の笑顔は、人を幸せにする力を持ってる。君が笑っているだけで、番組の品位だって保てちゃうんだ」
いいながら、百は優しく背中を撫でてくれた。
『……おだてすぎだよっ……』
――温かい手のひらから伝わる百の優しさに、どうしようもなく満たされて、さっきまで不安だった気持ちなんて、嘘みたいにどこかへ飛んでいってしまった。
魔法使いの呪文が使えるのは、百の方じゃないか。
言葉ひとつ、笑顔ひとつ、仕草ひとつで、私を天国にも、地獄にも突き落としてしまう。
おそろしいのにしあわせで、何をしたって解けない魔法をかけて、私の心を、体を、がんじがらめの鎖で縛り付けて、決して離してはくれないのだから。
『……わかったよ……っ。何があったって、笑ってるよ。約束する』
「うん、えらいえらい。零は仲間に優しい言葉をかけて、笑顔でいてくれるだけでいいんだ。他のことは全部、オレとユキがやる。何があったって、必ず君と、君の大切な後輩を守るよ」
『…私にも、百たちを守らせてよ』
「零の笑顔が、優しさが、オレたちを守ってくれるんだよ」
背中を優しく撫でながら励ましてくれる百の言葉が、たまらなく嬉しくて、たまらなく愛おしい。
百の背中に両手を回して、男の子にしては華奢な身体をぎゅっと思い切り抱き締める。百の肩に顔を埋めて幸せに浸っていれば、聞き慣れた声が耳を掠めた。
「ちょっと。僕の存在、忘れてない?」