第16章 アダムとイヴの林檎
「…いいよ!もう変態で!……ていうか、もう一つボタンしめたほうがいいんじゃない!?…アイドルの過度な露出は、逆効果だからっ!」
『え、でも、千ちゃんは三つって』
「いいから二つまで!」
『……?わかったよ』
渋々ボタンを閉める零を見ながら、百ははあ、とため息をついた。
―――尤もらしいような、らしくないような言い訳をして。本当は、他の男になんて絶対見せたくなかったからだなんて、言えるわけもなくて。
そんなやり取りをしながら、二人は社長室のある階へとたどり着いた。物陰に隠れながら社長室へと続く通路を見張っていれば、社長室から社員が出てくるのを視界に捉えた。
『……来た。いってくる!』
「……ちょっと待って。…あのさ、あんまりくっついたりしないでよ」
『?うん』
「…近づきすぎるのも、よくないからね!」
『…うん。わかった』
「……。…む…胸当てるのとか…っ、絶対禁止だよ!?」
『わかってるよ、うるさいなぁ…』
「うるさくもなるよ!当たり前だろ!?嫁入り前の女の子なんだからさ、もっと自覚してよ!!」
『わかったってば!』
「オレ、ここで見張ってるからね。零が約束破るようなことしたら、すぐわかるんだからね」
『……はいはい』
心配性な百に、思わず笑みが零れてしまう。男性を誘惑なんて、そんなこと演技でもやったことなんてないけれど。百が見張っていてくれるなら、少しも怖くはなかった。零は小さく深呼吸をしてから、心配症な百の視線を背に歩みを進める。
しばらく歩いてから、社員が零の姿に驚き目を見開いた。
「……零!?……さん!?」
『お疲れ様でーす!』
「…うわ、本物……。って、駄目じゃないですか…ここはツクモ本社ですよ。どなたであっても社長の許可なくこのフロアに足を踏み入れることは、固く禁じられております。すぐに帰って頂けないというのなら、小鳥遊プロさんの方に連絡――」
『待ってください!了さんには、いつも良くしてもらってて…。了さんに、どうしても頼みたいことがあるんです……』
言いながら、零は上目使いで彼を見つめた。
千から先ほど指導を受けた、誘惑技その1である。