第16章 アダムとイヴの林檎
「零、おはよー!」
名前を呼ぶ声に振り返れば、そこには衣装に着替えた百と千が立っていて。
『おはよ…!百、千ちゃん』
笑顔でそう返せば、百がばたばたと駆けてきて、興奮したように口を開いた。
「零、ドラマ全部見たよ!すっっごい良かった!!めちゃくちゃ感動した!!」
『あ……ありがとう…っ』
「天と零、めちゃくちゃ似合ってた!!やっぱりしっくりくるよ!こんなに似合う二人、世界中探したってどこにもいないよ!?」
『………え……似合うとか、そんな…』
百の言葉に、思わず苦笑していれば。
「……応援してるから。週刊誌なんかに負けないで。零と天なら、絶対大丈夫」
『………』
百の言葉と、真剣な瞳に。
何も言い返すことができなかった。
”似合ってるよ”、”応援してる”、”負けないで”、”大丈夫”。
――私を元気づけようと、百が一生懸命言ってくれてるのはわかる。でも。その言葉には、一つも百がいない。一つも、百とじゃない。
今までずっとどんなことだって、百と一緒に乗り越えてきたのに。今までは、ずっと、百が一緒だったのに。
もう、百は。
私の傍にいることなんて、望んでないのかな?
『あ…はは……っ、…そういうんじゃなくて、天は幼馴染だから――』
「龍之介のことに続けて、天も相当参ってると思うんだ。だから、側に居てあげて。それができるのは、零しかいないんだから」
百は私の言葉を遮ってそう言うと、優しく微笑んだ。
――これ以上、もう何も言えなかった。
『………』
「落ち着いたら、みんなでご飯行こ!……それじゃ、今日も頑張っちゃうよ!」
そういって、撮影セットに向かっていく百。
――なんだか、百が随分と遠いところに行ってしまったような、そんな気がした。
手を伸ばさないで、と。触れないで、と。遠回しに言われているみたいで。
この日の収録のことは、あんまり憶えていない。
ただひたすらに笑顔を作るのに必死だった。少しでも気を緩めたら、自分が自分でいられなくなってしまう気がしたから。