第16章 アダムとイヴの林檎
天の優しい言葉に、花巻は拳をぎゅっと握りしめてから、小さく震える口を開いた。
「……プライドがないのは、天くんたちの方でしょ。私、十さんと付き合ってるの。十さんに誘われてツクモを辞めたの。なのに、八乙女事務所に誘ってくれない。女一人助けてくれないなんて、格好悪い男たち。週刊誌に書かれてる通り、十さんも、あなたたちも無責任に私の人生をめちゃくちゃにしたの」
大和は小さくため息を吐いてから、天に言う。
「……九条、無理だ。変わっちまったよ、彼女は」
「……残念だ、花巻さん」
「……負け惜しみはやめて。私は幸せになるんだから。最高の人と」
花巻の言う”最高の人”という言葉に引っかかる大和。
それをごまかすように、花巻は席を立った。
「……帰るわ。天くん、あなたも他人の心配してる場合じゃないんじゃない?」
「どういう意味?」
「……直にわかるわ。ごちそうさま」
そういって、彼女はバーを去っていた。
花巻すみれとの直談判は決裂。楽たちの直接月雲了に龍をはめたことを吐かせる作戦も、失敗に終わった。
深まる夜の闇の中、狂い始めていた歯車が、音を立てて擦れていく――。