第16章 アダムとイヴの林檎
「こんばんは」
待ち合わせをしていたバーで、大和が花巻に声を掛ける。
花巻はどこか気まずそうに、小さく返事をした。
「こんばんは……」
「マンツーマンは怖いからさ。こっちは一人呼ばせてもらったよ」
「どうも。龍がお世話になったみたいで」
大和の後ろから現れた天に、花巻は睫毛を伏せる。
そんな花巻に困ったように眉を下げながら、大和が続けた。
「変な噂が立ったら困るし、悪いけど録音させてもらうね」
「私に何を喋らせたいの?録音しても無駄よ。あなたたちが困ることしか話さないから」
「俺たちが困ること?」
「大和さん。千葉さんの息子さんなんだってね」
「………」
「だからすぐに主演になったんだ。贔屓されてていいね。でも、お母さんが可哀想だと思わないの?それとも、大和さんも愛人作るの?なってあげようか?愛人」
「……安い女になっちまったな。どうしてそうなっちまったんだ?」
「愛人の息子よりましじゃない?ファンの子はがっかりするでしょうね。ねえ、まだ、私と喋りたい?もっと、すごいこと知って――」
花巻の言葉を遮るように、天が口を開いた。
「言ってみなよ」
「………」
「どうぞ」
「…天くんのことも知ってるよ。天くん、あの零さんと幼馴染なんだってね!あの連ドラの共演だってプロデューサーの横暴なごり押しだったんでしょ?」
「………。……ボクも、キミのことを知ってるよ。キミは最高のシンガーだ。汚い言葉を使わなくても、キミの歌がキミの魅力を守り続ける」
「……天くん……」
「何を怖がってるの?いつもの優しい顔に戻って。キミのプライドを奪う者こそ、キミを尊敬してない、キミの敵だよ」