第13章 ロストロングラブレター
スタジオに戻ってからすぐに、零は女子トイレへと駆け込んだ。
鏡で自分の顔を見れば、瞳は充血しているし化粧は取れているしで酷い顔だった。今日の撮影はもう終わったということだけが救いだ。VTRチェックだけなら、すっぴんでも問題ない。
水で目の周りの化粧を念入りに落としてから、ハンカチでぽんぽんと拭いた。化粧を取ってしまえば、多少目が腫れていたって誰も気付かないだろう。変装用の眼鏡をかければ完璧だ。
『……大丈夫、大丈夫……っ!』
自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
ぱちぱちと自身の頬を叩いても、何故だかいつもみたいに気合いが入らない。
―――よっぽど、堪えているみたい。
鏡に映る、酷く沈んだ顔をしている自分に自嘲してから、もう一度水で顔を洗う。
こけら落としが終わってから、たった数か月。百の恋人でいた時間なんて、今まで百と友達でいた期間に比べたら、ほんのちょっとなのに。
友達でいた期間の方が、ずっとずっと長かったんだから。ただ、その時に戻っただけなのに。
もう抱き締めてもらえないのかな、とか。優しい手で触れてもらえないのかな、とか。
もうあの腕の中で眠ることはないのかな、とか。
そんなことばっかりが頭のなかをぐるぐるとまわって。
いろんな百を知った数か月を、今更なかった事にするなんて。
あんなに大事に愛してくれる百を知らなかった頃に戻るなんて――そんなの、無理だよ。
そんなことを考えていれば、また目頭の奥が熱くなる。
けれどこれ以上、泣くわけにはいかない。
気持ちを切り替えるようにもう一度ばしゃばしゃと水で顔を洗ってから、鏡の中の自分に笑って見せた。
『……大丈夫。笑えるよ、私』
ひとりそう呟いてから、零は女子トイレを後にした。