第13章 ロストロングラブレター
『………九条……天………?』
ぽつり、と名前を呟けば、呼吸がとまったかのような、そんな錯覚に陥る。
そんな零の横で、万理が続けた。
「うん。本当は別の俳優さんで話が進んでいたらしいんだけど、急遽製作者側からキャスティングの変更があったらしくてね。九条天くんに決まったんだって」
――TRIGGERと共演なんて、決して珍しいことじゃない。
音楽番組ではしょっちゅう一緒になっていたし、バラエティや特番でも何度か一緒になっている。TRIGGERは今勢いに乗っているし、こうして主演に選ばれるのだって何もおかしくない。
でも。
なんで。よりにもよって。
この作品で、天と共演なんて。
天と離ればなれになってから、何度この漫画を読んで泣いたことだろう。自己投影して、何度胸をときめかせたことだろう。そんな思い出がたくさん詰まった作品を、まさか、天と演じるなんて。
考えてもみなかったことだった。未だに信じられなくて、台本を持つ手が震える。
大好きな作品のヒロインを演じさせてもらえるなんて、これ以上なく嬉しい反面、どうしようもなく複雑な感情が胸を支配する。
―――できるだろうか。自分に。
そんな考えが一瞬頭を過って、どうしようもなく自分に嫌気がさした。
これは仕事で、私情を挟むなんて以ての外だ。
天が、百が。なんて沸々と湧いてくる不安を取り払うようにして、思い切り頬を叩いた。
ぱちん、と渇いた音が響いて、万理が驚いたような顔で零を見る。
「うわっ……痛かっただろ、今の。随分気合い入ってるね…」
『あはは…。こうでもしないと、眠気冷めなさそうだったんで』
ごまかすように言ってから、台本を捲る。
不思議と震えは、もう止まっていた。