第1章 泡沫のトロイメライ
《なんでそんなに頑固なの!?心配で心配で仕方ないモモちゃんの気持ちも少しは考え》
『わかってる、わかってるよ、百が心配してくれてるのはわかってるの!いつもすごく助けてもらってるしありがたいけど、引越しの手伝いは大丈夫。荷物はもう昨日のうちにほとんど運んでもらったし、今日持っていく荷物なんてスーツケース一つくらいだもん』
《じゃあそのスーツケース、オレが持って行ってあげる!》
『いや、いらない。社長が迎えに来るし』
《なんだよ、冷たいなあ……せっかく零のために早起きしたのに》
『……ていうかさ、引っ越しは昼頃って言ったよね?まだ朝の5時前なんですけど』
《…あれ?そうだっけ?》
『………』
てへ、なんていつものお茶目な声が聞こえてきそうな雰囲気に、寝起きでぼーっとしていた頭は徐々に覚醒し、電話越しの相手に苛立ちが募っていく。零はすぅ、と息を吸い込み、本日二度目の大声を出した。
『……百のバカ!!!!せっかく久し振りにゆっくり寝れると思ったのに!!』
《あーっ、ごめん!!ごめんって!!何でもするから許して!!ね?だから怒んないで、ハニー!!》
『うるさい!そんなのいつもじゃん!貴重な睡眠時間返してよ、バカ百』
《うぅ……ごめん……オレ、めちゃくちゃ反省してるから……》
しゅん、と露骨に落ち込む様子が容易に想像できるような声音に、零は小さくため息を吐いてから続けた。
『……いいよ、心配してくれてたんでしょ』
《うん……今日は大丈夫かな、って、朝起きると心配になって、つい……》
『ほんと心配性だよね、百は』
《こんなに心配するのは、零とユキだけだよ!?》
『はいはい、ありがと。一人で帰ることなんてないし、携帯変えてからは悪戯もなくなってる。警察もこまめに巡回してくれてるし、もう大丈夫だよ』
《そっか……でも、油断は禁物だよ!ストーカーなんて、何しでかすか分かんないんだからっ!》
『うん、ちゃんと用心するから。今日も収録でしょ?私のことは大丈夫だから、仕事に専念して』
《そうだけど…。何かあったら電話してよ!オレが収録中とかで出れなかったら、おかりんに電話して!絶対!絶対だよ!?》
『…わかったから。そんなに心配しなくても大丈夫、事務所の寮に入るんだから。一人じゃないし』