第11章 夏の日の陽炎
「おや……困らせてしまったかな?突然だったからね。僕はこういうものだ」
そういって、男は名刺を差し出した。
零はそこに書かれている名前を、ぼそりと読み上げる。
『月雲…了?ツクモプロの方でしたか…』
「よろしくね、零!了さん、いや、了くんって呼んでもらってかまわないよ!」
『あ、あの、すみません…せっかく頂いたんですけど…私は小鳥遊プロ所属なので、独断で他の事務所の方からの名刺を頂戴するわけにはいかないんです』
零がそう言って、名刺を申し訳なさそうに返そうとすれば、彼は右手でぐいっと阻んだ。
「ああ、安心してよ。事務所や僕の兄や親は関係ない!ただ、個人的なファンなんだ。それに、こういう人脈は大事にしておいたほうがいい。小鳥遊プロは小さな事務所だからね。君の仲良くしてるRe:valeだって、同じことをしてる。僕はね、君の力になりたいんだ」
『……で、でも』
「何か困ったことがあったら連絡してよ。誰にも言えないようなことでも、僕なら力になれる。そう、例えば君の大切なモモや、"TRIGGERの幼馴染"のことでも!」
『え……?』
零は思わず目を見開いた。
―――なんで…天と私が幼馴染だって知ってるの?
彼の狂気めいた笑みに、ぞくり、と背筋が凍った。
「それじゃあ、零。連絡、待ってるからね」
そう言って彼は微笑み、颯爽と去って行った。
名刺をもったまま呆然とそこに立ち尽くしていれば、タオルを持った万理が駆け寄ってくる。
「零ちゃん?どうしたの?なにかあった?」
『……。……いえ、なんでもありません!』
ごまかすように笑ってから、零は万理に隠すようにしてくしゃりと名刺を片手で丸め、ポケットの中に入れた。