第11章 夏の日の陽炎
――こういう時。なんて言えばいいんだろう、って。ずっと考えてた。
”ありがとう”、”疲れてるのにごめんね”、”来てくれて嬉しかった”、伝えたい言葉は、たくさんあるけれど。
今なら、言えるって思った。
”好きだよ”
そう言ったら、百はきっと、八重歯を出して嬉しそうに笑ってくれる。そう思った。
『……っ』
瞬間、prr...と、百の携帯電話の着信音が鳴る。
ポケットからスマホを出してその画面を見た百は、一瞬顔を歪めた。
『……。電話、出ないの?』
「……え?…ああ、うん。後で掛け直すから平気。それじゃあね、零。おやすみ」
そういって、百は零のおでこにちゅ、と軽くキスをして、くるりと背を向け車に乗り込んだ。車の中から手を振る百に、慌てて手を振れば。彼は笑って、イヤホンを耳につける。おそらく電話をするためだろう。
『……おやすみ』
小さく呟いた声は、車のエンジン音の中にそっと消えた。
『………』
――いつもなら、電話がかかってきたって、目の前で出るのに。
まただ。また、このモヤモヤする感情……。
この前と同じ。百が友達の家で焼肉を食べに行くと聞いた時に感じた、あの感覚。
誰からの電話なんだろ、聞かれたくないことなのかな、とか。いろんな悪い妄想が頭のなかをぐるぐるとまわって、胸の奥から沸いてくるもやもやした感情に、どうしようもなく不安になって。
車が見えなくなってしばらくしても、そこから動くことができなかった。