第10章 空を覆う雲
『……おやすみ、百』
「……あ……うん……、おやすみ!」
そう言ってから、くるっと壁の方をむく零の背中を見つめる。
艶々の髪の毛からは自分と同じシャンプーの匂いがして、なんだかそれが無性に嬉しくて。同時にどうしようもなく欲情させられる。
押さえつけようと何度試みても、次から次へとまくしかかってくる。これじゃキリがないじゃないか。
目の前に、大好きな人の背中があるのに。
思い切り抱き締めたいけど、抱き締めたら、今度こそ本当に自分をおさえられなくなりそうで怖い。
我慢する必要なんてないじゃん、とユキは言ってたけど。
やっぱり、できないよ。
オレだって、零と先に進みたくないわけじゃない。
本当は進みたくてたまらないのに、進むことが怖いんだ。
だって、本当に好きな女の子の抱き方なんて、わからないもん。
傷付けたくないんだ。零にだけは、微塵も嫌な思いはさせたくない。自分と付き合うことを選んでくれたからには、世界中の誰よりも、零を幸せにしてあげたい。
変に手を出して嫌われるなんて、絶対に嫌だ。零を失うくらいなら、このまま我慢し続ける方がずっとずっとマシだ。
そんなことを考えていれば、幾分か心が楽になってきて。このままあっさり眠りにつけたら楽なのに、なんて思うけど、そう簡単に行くわけもなくて。もう夜中だというのにぎんぎんに目が冴えてしまっているのだから困ったものだ。
『ね、百』
突然掛かった声に、思わず体がびくりと揺れる。
「!?な、なに!?」
『そっち向いていい?右向きだと寝付けない』
「……え!?……い、いいけど……っ」
くるりとこちらを向いた零は、顔にかかる髪をくすぐったそうに避けてから、オレの枕に頭を預けた。
どきどきと高鳴る心臓の音が、はっきり自分でも聞き取れる。ときめきすぎて、逆に苦しい。解放されたいのと、もっと求めたいのと相反する感情がぶつかって、どうにかなってしまいそう。