第10章 空を覆う雲
零が扉を開ければ、百の姿は見当たらなかった。
靴を脱いで丁寧に並べてから、「お邪魔しまーす」と声を出しても返事がない。
『百?』
散らかったリビングできょろきょろ百の姿を探していれば、お風呂場の扉が開いた。
「……零!ごめん、待った?オレもさっき帰ってきたばっかりでさ、お風呂入ってた!」
濡れた髪を左右に振ってから、百がぱたぱたと駆け寄ってくる。お風呂上りの百はいつも、肩からタオルをかけているだけで上半身は何も着ていない。いつも通りの光景なのに、零はなぜか妙に恥ずかしくなって顔をふいっと逸らした。
『……今来たところだから……別に…平気』
「そっか、ならよかった!」
百はそう言ってにこっと笑ってから、冷蔵庫からももりんを出して、二つのコップに注いでいく。注ぎ終わってから顔を上げれば、まだその場に突っ立ったままの零の姿に首を傾げた。
「……零、座れば?」
『え。あ、そうだね……!うん』
ぎこちなくソファに腰掛けた零の前にももりんを置いてから、自分も零の隣に腰掛けた。すると、すっとさりげなく百から距離を取った零。
「………」
『………』
百が眉根を寄せながらじっと零を見つめれば、零はきゅっと口を噤んだまま、平然を装っているのだろうけれど全然装えていない不自然な顔をしている。
「……なんで今離れたの?」
『……え?気のせいじゃない?ほら、百が座ってソファがずうん、って沈んだから、離れたように見えたんじゃない?』
目を合わせようとしない零を、百は恨めしげに見つめる。顔を覗こうと百が身を乗り出せば、零は思い切り顔を逸らした。
「………」
『………』
二人の間に、沈黙が流れる。
気まずい沈黙を先に破ったのは、零だった。