第10章 空を覆う雲
『もう一杯!!』
どん、と空のジョッキをテーブルに勢いよく置いてから、零が言った。
頬は紅く染まっていて、いつもぱっちりと開いている大きな瞳はとろん、と虚ろげだ。そんな彼女の腕に、万理は苦笑しながらそっと自身の手を置いた。
「……もう、この辺で止めておこうか」
『なんで!?今日はとことん付き合ってくれるって言ったじゃないですか!』
「いや……まあ、そうなんだけど……」
落ち込んでいた零を元気づけようと、お酒を許してしまった自分が悪かった。と、万理は心の中で盛大に反省していた。
『もう一杯ください!ビール!』
「ああ!もうダメだってば!」
『やだ!!飲ませてくれないなら明日仕事行かない!!』
潤んだ瞳で、頬を紅く染めながらわがままを言う零に、万理は思わずため息を溢した。
「………はあ」
――お酒を許した、俺が馬鹿だった。
普段は仕事のわがままなんて絶対言わないのに、お酒が入るとわがままは言いたい放題、立場なんて忘れて甘えん坊になるわで手がつけられなくなる。……いや、正しくは。可愛すぎて、自分の手に負えなくなる。
自分がもし、百の立場だったら。きっと、不安で仕方ないだろうな、なんてことを心に思う。だからこそ、早く家に帰らせて寝かしつけなくてはいけない。マネージャーとして、零の保護者として。そして、百のためにも。