第10章 空を覆う雲
「………はあ」
重いため息を吐きながら、百は車のハンドルに項垂れた。
珍しく零から電話が鳴って舞い上がっていたつい五分前が、嘘みたいに気分が重い。
マネージャーと一緒に食事に行く、と。そう告げられた、それだけなのに。
――どうして零の事となると、こんなに感情の起伏が激しくなるんだろう。
今まで、恋愛をしたことがないわけじゃない。普通よりは少ないかもしれないけれど、それなりに女の子から言い寄られてきたし、付き合ったことだってある。恋愛経験だって、少ないけれど全くないってわけじゃない。
なのに。
零の事となると、自分が抑えられなくなりそうになって、わけがわからなくなる。どす黒い感情が沸々と湧き上がってきて、自分が自分でいられなくなりそうで怖くなる。
今まで付き合った女の子に対して嫉妬なんてしたことは一度もなかったし、他の男と話していようが何をしていようが、全く気になんてならなかった。
けれど零に関しては、大好きなユキや憧れのバンさんに対してさえも嫉妬をしてしまうような、どうしようもなく醜い男になってしまう。
―――零を独り占めしたい。
他の人に笑いかけないで
オレだけを見ていてよ、なんて。
そんな、馬鹿げた事を思ってしまう。
今までおざなりに恋愛はしてきたつもりだったけど。
本当の恋愛っていうのは、本気で人を好きになるっていうのは、こんなに辛くて、苦しいことだったんだ、という事を、零を好きになって初めて知った。
憂鬱な気分で腕時計を見やれば、待ち合わせをしていた時間を少し過ぎている。
――今日だって、本当は。
零に会いたくて仕方なかったのに。
こけら落としを終えてから、互いにスケジュールが過密でまだゆっくり会えていない。だから余計に嫉妬深くなっているんだ、そうに決まってる、なんて、溢れてきそうな気持ちを押さえ付けるように、自分で自分に都合のいい言い訳をして。
――まずは、”この件”をなんとかしなくちゃ。
そう心に決めて、車のドアを開ける。
堂々と聳え立つ豪奢なマンションを見上げてから、エントランスへと向かった。