第8章 星霜の雫
『……もしもし。え…?うん……うん……百の様子は?……そっか……うん、わかった。これからそっちに向かうね』
千との電話を切ってから、零は大きくため息をついた。
脅迫状が届いたこと、百の元気が戻らないこと―――同時に二つの辛い報せを聞いて、零の気分は朝からどんよりとしていた。
あの日以来、百とはろくに話せていない。今までは、収録で一緒になる日は必ず食事に行くのも、お互いのオフの日を合わせて遊びに行くのも、ラビチャや電話が毎日来るのも、全部当たり前だったのに。それもぱったりなくなってしまっていた。
百と出会ってから三年、こんなことは初めてで、零自身も戸惑っていた。
けれど、今はくよくよ悩んでいる場合ではなくてやらなきゃならないことがある―――。零は仕事の合間に時間を見つけて、千の元相方を探すつもりでいた。そして、今日がやっとの思いでもぎ取ったオフの日なのだ。
千は相方が見つかれば吹っ切れる、と言っていた。ならば相方が見つかって千が吹っ切れれば、百も復活するはず。けれど、零が昔の相方について知っている情報なんて、千がその相方の名前を「バン」と呼んでいる、ということくらいだ。酔った時によく千と百がその名前を連呼するから、それだけは覚えている。
けれど、バンという名前だけでは情報が乏しすぎる。まずは千に昔のアルバムを見せてもらって、どんな人なのか把握してからだ。千がいくら探しても見つからなかった、とぼやいていたのを聞いたことがあったし、そう簡単には見つかってくれなそうだけれど、うだうだ考えていたって何も進まない。
零は出掛ける支度を済ませ、寮を出る。すると、事務所の入り口から丁度出て来た万理と出くわした。
「あれ、零ちゃん!何処か出掛けるのかい?」
『万理さん!…あ、はい。これからRe:valeのところに』
「あはは、本当に仲が良いね。微笑ましい限りだよ」
嬉しそうに笑う万理を見ながら、零はふと考える。そういえば、デビューの時にRe:valeのMVに出ることが決まった時、彼は自分のことのように喜んでくれて、"俺、前からRe:valeのファンなんだ"と言っていたことを思い出した。