第8章 出発前夜
そんな訳で、私はナナバさんのお部屋にお邪魔することになった。
「相部屋の子が、今は怪我の治療で入院中なんだ。
だから部屋を独り占めできるのは良いんだけど、次第と寂しくなってきてね」
あはは、と爽やかに笑うナナバさんに勧められるまま、私は椅子に腰掛けた。
くるりと部屋の中を見渡すと、私の生活している大部屋よりかはさすがに狭かったが、一人に与えられているスペースとしては何倍も広かった。
こんな部屋だったら、もっと画材道具を置いておけるんだけどなぁ…などと、やっぱり何を見ても絵のことばかり考えてしまうのだった。
だが、私はふとあることに気がついた。
「何か…すごくキレイに片付いていますね。まるで引越しするみたい」
怪我で入院中という同室者のスペースの方は、何となく生活感が溢れていたが、ナナバさんの側は不自然なほどに物が少なく整然としているのだ。
「あぁ、いつもはもっと散らかってるよ。
でも、明日は壁外任務だろう?もし明日死んでも仲間に迷惑がかからないように、あらかじめ荷物を整理しているんだ」
まるで世間話でもするかのようにサラリと言ってのけられた重い言葉に、私はガーンと殴られたようなショックを受けた。
「…壁外調査の時は毎回…ですか?」
「そうだよ。私たちはいつ死んでもおかしくない仕事をしているからね。
もちろん、死なないで戻ってくるのが一番さ。だけど、いつでも死ぬことを覚悟している」
「先輩方は皆、そうしているんですか?」
「うーん、皆って訳じゃないかな。整理整頓が苦手な兵士も、もちろんいる。
だけど嫌じゃない?もしも死んでしまって、生活感丸出しの部屋を仲間に片付けてもらうのって。
ま、実際にそういう仲間が多いから、自分はそうはなりたくないなって思ってるだけなんだけどね」
「そう…ですか…」
私は、画材道具をギュウギュウに押し込んでいる自分のベッド下を思い浮かべて、少し冷や汗が出た。
確かに…あれを仲間に片付けてもらうのは恥ずかしい…。というか、申し訳無さ過ぎる…。