第2章 奪われたもの
私が調査兵団への入団を志すきっかけになった出来事は、今でも鮮明に思い出すことができる。
…だけどそれはあまりにも悲しく、今も私の胸の一番奥深いところにしまい込まれているのだった。
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カンカンカンカン、と街の鐘が大きな音を立てて鳴っている。
鳴り響くあの鐘の音の意味なら、この街に住む人間全員が知っている。調査兵団が帰ってきたのだ。
私の家はシガンシナ区外門に続く大通りから、路地を入ったすぐのところにあるから、家の中にいても鐘の音がよく聞こえた。
「姉さんっ、調査兵団が帰って来たよ!見に行こうよ!」
勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んできたのは、弟のエリクだった。
「ちょっと、私の部屋に入るときはノックしてって言ってるでしょ」
「あっ、そうだった。ごめん姉さん。でも、早く見に行こうよ!調査兵団が通り過ぎてっちゃうよぉ」
今年で10歳になるエリクは、同年代の子に比べると少しだけ小柄だけれども、負けん気と正義感だけは人一倍強くて、よく近所のいじめっ子達をこらしめようとチャンバラしているような子だった。
そんなワンパク小僧の弟だけど、基本的には素直で優しい子だし、何と言っても4つも歳が離れているものだから、とても可愛い。
「早く!早く筆置いて~!」
「あー、はいはい。分かったからぁ!引っ張んないでー!」
どれだけ待ちきれない思いでいっぱいなのだろうか。
頬を僅かに紅潮させて私の腕をグイグイ引っ張ってくる弟に根負けして、私は持っていた絵筆をパレットの上に置いた。
目の前のイーゼルには、描きかけの絵が乗せてある。
ここは私の自室だが、今までに描いた絵や画材道具が所狭しと置かれていて、あたかもアトリエのような様相を呈していた。
描き上げた絵や画材道具の間に何とかベッドが押し込まれている、という感じだ。