第3章 あの日
それは雪の降る、一際寒い日だった。
前日から、まるでロウソクの最後の灯火のようにゆらゆらとしていた兄の命が、小屋の外を吹きすさぶ吹雪に吹き消される時が、ついに来てしまったのだった。
「兄さん、聞こえる?」
私が、兄の骨ばった手を握って声をかけると、兄は母親似のエメラルドグリーンの目を少し細めて、微かに微笑み返してくれた。
だがその様子はひどく難儀そうに見えて、もう、たったそれだけのことをするのですら、命を削りながらでないとできないのだということを物語っていた。
握った手はやせ細っていて、まるで骨のように見える。
「あ……ラウラ…」
兄が何かを言おうとして、カサカサに乾いた唇を震わせる。
「何?兄さん、私はここにいるよ」
私は、兄の折れそうに細い手を、両手で優しく包み込んだ。
兄の口元に耳を寄せると、ヒューヒューと、まるですきま風のような苦しげな息遣いが聞こえた。
「ラウラ…お前は、きょうだいの中で…一番、父さんの才能を、受け継いでいる…。お前の描いた、巨人の絵…あれはきっと、人の役に立つ、から。描き、続けろよ」
命の最後の力を振り絞るようにして言われた言葉を聞きながら、私はいつの間にか泣いていた。そして涙を撒き散らしながら何度も何度も頷いた。
「うん!うん!描くよ、たくさん描く…!だから兄さん、またアドバイスしてよ…」
アドバイスして…と、私は横たわった兄の胸元に額を擦りつけた。
トクン、トクン…と微かに響いてくる心臓の鼓動が、徐々にその速度を落としていって、トクンと一回小さく鳴った後、再び鼓動することなくその動きを止めた。
やせ細った兄の身体から、ふうっと力が抜けていくように感じた。
超大型巨人の襲撃から数ヶ月のうちに、私は家族を全て失ったのだった。