第20章 阿呆
とにかく、そんな大役を任されたからには全身全霊で取り組まなければならないと思った。
そのために無理がたたって仮に命を落としたとしても、絵を描いて死ねるのなら本望だ。
もう…私には遺していく家族が一人もいないのだからこの世に未練も無い。
〇
改訂された教本は、現役兵士の目にも触れる。みな、それによって巨人研究の最先端の情報を得るからである。
おかげで調査兵団の中では、ほとんどの兵士が何らかの形で私の絵を目にするようになり、図らずも私は兵団内で一躍有名人になってしまった。
あまり目立つことの得意でない私は、話したことのない兵士からも次々と声をかけられる状況を嬉しく思いながらも、敷地内を歩いていると「あ!あの子画家の…」と指を指されるので、訓練兵時代のヒソヒソ話と内容は異なるものの、どうしても気になってしまうのだった。
今日も兵団本部の廊下を歩いていると、廊下のあちこちから私の方を見ては顔を見合わせて話しているグループがいくつも見えた。
きっと良い噂をしてくれているのだろうが、やはりヒソヒソと話されるのは気になる。
…ひょっとして私は、自意識過剰なのだろうか?
そう思いながら歩いていた時、廊下で話していたグループの一部が遠慮がちに声をかけてきた。近寄って来た男性兵士と女性兵士の顔を見ると、それは同期のヘルゲとミアだった。
二人共笑顔を浮かべているのだが、その表情はどこかぎこちない。
どうしたんだろう?同期の子たちの方から声をかけてくるなんて、珍しいこともあるものだ。訓練や任務の時以外に話すことなんて、ほとんど無いのに。
「あ、あのっ、ラウラさんっ、新しい教本見ました!」
少しどもりながら、ヘルゲが身を乗り出して言ってきた。
「あ、ありがとう」
その勢いに少し気圧されて、私はどんな顔をして返事をすればいいのか分からなかったけど、精一杯表情筋を動かして笑顔を作ってみせた。
でもきっと、私の表情もこの二人と同じで、ぎこちないモノになっているだろう。