第1章 奥州に忍ぶ
「・・・城の西側にある屋敷に行け。離れの空き家が自由に使える」
「・・・え?」
空き家?どうして?
「今夜はそこで寝な。奥州の夜は冷える」
え・・・?
「片倉、殿・・・」
「忍も立場がある。お前ぇがこのまま甲斐に帰れねえ心境も分からねえわけじゃねえ。羽織だ。持っていけ」
ふわりと土色の布を渡された。
薄い布地なのに、とても温かい。
「・・・か、かたじけない」
「分かったら行け」
この人は優しい人だ。
幸村様のように、敵にも情をかけられる。
追い出されたときは独眼竜ともども冷たい人間なのだと思ったのに。
・・・もしかしたら、独眼竜も、本当は優しい人なのだろうか。
─『甲斐に帰って飯でも炊いてな』─
・・・いや、あの男は違うか。
自分の言いたいことを言うただの失礼な奴だ。
「あのっ・・・片倉殿!」
「なんだ」
とにかく、片倉殿には礼を言わなければ。
「この羽織も、屋敷も、お心遣い恩に着る。・・・その、先ほどは、申し訳なかった」
「・・・何のことだ」
「己の信ずる者を愚弄されることは、何より悔しく、腹の立つこと。私にとっての幸村様と同じ、片倉殿の信ずる奥州筆頭に、失礼なことを申してしまった」
「・・・お前ぇ・・・」
「申し訳ない。・・・その、許してもらえるだろうか?」
素直に言葉にできた。
この人には不思議な力があるのかもしれない。
片倉殿は目を丸くして、見上げる私から目を逸らした。
「オイッ・・・まさか伊達を色香にかけようってのか・・・?」
「・・・は」
片倉殿の突然の言葉は、まるで意味が分からなかった。
「片倉殿?それはどういうことだ?」
「・・・なんでもねぇ」
それ以上は何も言わずに、片倉殿は城へ戻っていってしまった。
私も言われたとおりに西の屋敷へ向かう。
場所はすぐに分かった。
「ここは月が綺麗だな・・・」
羽織をかぶり、ゆっくりと目を閉じる。
幸村様は変わらず、お館様のお側にいるのだろうか。
ああ、甲斐に帰りたい。
そのためには、早く伊達軍の懐に入り、彼らとともに織田を討伐しなければならないのだ。