第1章 奥州に忍ぶ
──月を見ていると、頭が冷えてきた。
思えば、私に忍としての尊厳があるように、あの二人も軍を率いる責任と尊厳を持っている。
その尊厳がぶつかり合うことは当然のことだ。
ここは私が折れて、任務のためにもう一度話をするべきだろう。
・・・問題は、あちらがもう一度取り合ってくれるかどうかだ。
「・・・寒い」
奥州の夜風は冷たく、身体は芯から冷えていた。
寒さで足の力が失われてきて、私は木から降りて隣接する畑の方へと身を寄せる。
こんな場所で一晩過ごさなければならないのは苦でしかないが、今はそうするより他はないのだ。
ああ、でも、他国の領地でこのまま眠るわけにも・・・
「・・・まだそんなところにいやがったのか」
──え。
気配に気付かなかった。
背後にやってきたのは、先ほど私を追い出した片倉小十郎だった。
「・・・いや、その・・・」
「粘っても無駄だ。早いとこ荷物を纏めて帰るんだな」
なぜ片倉小十郎がこんな夜更けにこんなところへ・・・。
しかし、その瞳は昼よりも少しだけ、優しく揺れていた。
「・・・帰れない。お館様の任務を全うするまでは」
何を言っても無駄だということは分かっている。
だから私は私に言い聞かせるように、そう呟いた。
「・・・甲斐の虎は変わりねえか?」
すると片倉小十郎は、畑から伸びている葉に触れながら、そう言った。
「お館様も幸村様も、小田原を手中に収め、さらに勢いをつけておられる」
「そうだったな」
「・・・お館様は織田が天下を取ることを何としても阻止したいのだ。・・・それは武田のためだけじゃない」
「あいにくだな。俺を説き伏せようとしても無駄だ」
私が武田の人間であることは信じてくれたようだが、片倉小十郎にいくら話をしたところで、結局決断するのは独眼竜なのだろう。
私も何かを期待してここにいるわけではないけれど。