第3章 二人の主君
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政宗殿は尾張へ発った。
しかし予想外にも、彼は一人で出ていった。
伊達の兵たち、そして片倉殿でさえも置いていったというのだ。
置いていかれた兵たちは項垂れていたが、片倉殿だけは違った。
全てを理解しているようで、闘士が尽きてはいない。
「・・・片倉殿。政宗殿はなぜ兵たちを置いていったんだ?」
「政宗様は、魔王を一人の武人として認めなかった。ただの殺戮者を相手に、こいつらを引き連れて正々堂々戦うことはできねぇのさ」
さすがは片倉殿だ。
政宗殿の気持ちが手に取るように分かるのだろう。
己の主君を信じているから、何時なんどきもその決意に動じることはない。
彼は感心する私をのぞきこむと、ため息をついた。
「・・・紫乃。さっき政宗様に言ってたことは本気か?」
「・・・」
ギュ、と唇を噛んだ。
本気、のはずなのだ。
政宗殿にはもう、行動を共にすることはない。
あの蒼い背中を追いかけることはない。
「・・・本気だ。」
「・・・そうか。紫乃。政宗様は、お前ぇを大事に思っていた」
──やめろ。
今そんなこと言うな。
「・・・はは、片倉殿、何を言って・・・」
「嘘じゃねぇ。お前ぇの伊達に対する強い信念に惚れ込んでたんだ。・・・でも、それが偽りだったってんなら、もう政宗様の前には現れんじゃねぇ」
─ズキン─
「・・・安心しろ。そのつもりだ片倉殿」
私もだ。
アイツの側にいる間、アイツの考えること、やること、全てに感動していた。
全てに惚れ込んでいた。
口では反抗していたけれど、本気で敬っていた。
あのときは、たしかにアイツが、私の主君だったのだ。
それが終わりになるということは、本来の主君である幸村様のお側にいられるということなのに。
それなのに、どうして私は、こんなにもアイツの顔ばかり思い出すんだ。
今も一人で魔王の懐に飛び込もうとしている。
──私は一緒には行けないのに。