第3章 二人の主君
「・・・ハッ、アンタもお山の大将が倒れちまってビビってんのか」
政宗殿は私の態度が心底気に入らない様子で、腕を組んでこちらをギロリと睨んだ。
それでも、私の決意は固い。
政宗殿を振り切るための言葉を必死に選んだ。
「政宗殿。もとより、私はお館様の命を受けてお前のもとに留まっていた。その目的は織田を包囲するために伊達の動きを知ること」
「んなこたぁとっくに分かってんだよ!」
「なら、なおのこと私はもうお前の側にいる理由はない。織田包囲網なくお前が尾張に乗り込むというのなら、私が伊達に付いて回る意味など無いだろう」
「・・・・そうかよ、じゃああれか。伊達軍に入る覚悟だの、伊達の流儀に従うだの、ありゃ全部詭弁だったってわけかよ! ・・・ハッ、聞いて呆れるぜ。アンタはその程度か!」
─ズキン─
・・・どうして。
どうしてこんなに心が痛いんだ。
政宗殿に失望されることが、こんなに辛いと感じるなんて。
「・・・何とでも言え。私は武田の忍だ。お館様、そして幸村様。それ以上に優先すべきものなど・・・ありはしない」
「・・・・勝手にしやがれっ・・・」
政宗殿はギリギリと歯を鳴らし、乱暴に襖を開けきると、それ以上私を振り返ることなく出ていった。
それに続く片倉殿は、寂しげな目で、一度だけ私を振り返る。
・・・私には、その目に応える資格はなかった。
「あーあ紫乃、竜の旦那怒らせちゃって大丈夫なの?」
「佐助様。言ったとおりです。私は幸村様のお側にいます。・・・政宗殿にどう思われようと、もう任務は終わったのですから」
「そりゃそうだけどさぁ・・・」
後悔などしていない。
もとより政宗殿と私には、何の関係もなかったのだ。
お館様の命を受けて付き従っていただけのこと。
この心の痛みも、きっとすぐに止む。
「・・・紫乃・・・」
幸村様は不安そうに私を見ている。
「幸村様。私は幸村様の決めた道に、ついていきます。」
私が守るのは、この背中だ。