第3章 二人の主君
このうららかな越後の庵で、かすが殿の淹れた茶をすする。
まるで平和な世の訪れを感じてしまう越後でも、魔王の脅威が迫りつつあるのだ。
「どうかご自愛ください、謙信殿。・・・もっとも、かすが殿がおられるから、心配は無用かもしれませんが」
部屋の隅に座りこちらをじろりと睨んでいるかすが殿に、目を向けた。
いつも謙信殿を訪ねると彼女はこうなってしまうが、かすが殿は心配しすぎだ。
彼女はぷいっと顔を逸らして言った。
「当たり前だ。紫乃の心配には及ばぬ。」
「機嫌を直してくれかすが殿。お館様はそなたにも、これからはできるだけ謙信殿の側にいるよう警告していた」
「言われなくともそのつもりだ」
「だからこうして私が代わりに織田の動向を伝えているのに、そのたびにこうも冷たくされては寂しいぞ。・・・私ではなく佐助様のほうがいいか?」
「紫乃でいい!」
男である佐助様なら謙信殿に会いに来ても心中穏やかだろうと思ったのだが、かすが殿はそれを頑なに拒否した。
「それでは謙信殿、私は甲斐へ戻ります」
「そうですか。気をつけて帰るのですよ」
「謙信殿も、お気をつけて」
謙信殿の身を案じつつも、かすが殿が側にいるので私は安心して越後を後にした。
伊達軍が甲斐で療養しているうちは、こんな風にしばしゆっくりと時が流れる日々が続くはずだった。
明智光秀が動き出したことでそんな日々も長くは続かないだろうと感じてはいたが、予期していた事態はこれよりすぐにやってきたのである。
─それはこのあと私が越後から甲斐に帰ってすぐのこと。
『上杉謙信が討たれた』との知らせが入ったのだ。