第1章 奥州に忍ぶ
甲斐の方向から狼煙が上がった。
配下の忍からの連絡だ。
文七郎から手綱を奪い取り、独眼竜へと馬を寄せる。
「戦か」
片倉殿はすぐに反応し、眉を寄せた。
あらかじめ合図の意味が分かっている私はよけいに、良い状況ではないことを悟っていた。
「片倉殿、あれは私への狼煙だ。徳川が武田・上杉との共闘の申し入れを断ったようだ。おそらく長篠で戦が始まる」
「甲斐の虎でも説得ならずか。まあ、徳川の立場を考えれば当然の成り行きだろう」
片倉殿がそう言うも、独眼竜はまったく興味がなさそうに、自信に満ち溢れた表情を崩さない。
「小物がどことくっつこうが俺たちには関係ねぇ。魔王の首を獲るのはこの俺だ。邪魔するやつは誰であっても容赦はしねぇ」
「独眼竜。何もせずとも徳川は武田が足止めする。このまま長篠を進めばいい」
私は素直に状況を述べただけだった。
しかし独眼竜は、兜の間から光る眼を私に向けて言った。
「・・・俺に指図するなよ?」
その低い声に、不覚にもビクリと体が震えた。
文七郎もそれを感じ取ったのか、心配そうに私の顔を振り返っている。
最近はこの男に私の話を通す隙を感じてきていたのに。
何を考えているのか読めない。
かと思えば、今度はころっと表情が変わり、面白いことを思い出したように、ニヤリと歯を見せている。
「忍。あいつの横を素通りすることになるぜ? いいのか?」
"あいつ"とは幸村様のことだとすぐに分かった。
この男はいつまでこのことで私をからかうつもりなのだ・・・。
「幸村様は自分のお役目をいつも真っ直ぐに果たされている。私がいなくともそれは変わらない」
「んなこと言わずに長篠でお前の坊っちゃんに加勢してやったらどうだ? そのまま置いていってやらぁ」
「幸村様は坊っちゃんではない! どんな戦にも負けぬ!」
まあまあ、と文七郎が言うが、私は腹の虫が収まらない。
独眼竜。
この男は私を連れていきたいのか置いていきたいのか、本当に分からぬ。