第1章 奥州に忍ぶ
伊達軍のことは知っている。
ついこの間、幸村様が応戦した『伊達政宗』率いる勢力だ。
独眼竜と刃を交わされ、強さを目の当たりにしたその日、幸村様はたぎる心をメラメラと燃やして帰って来たほど。
しかし、私は武田で、お館様と幸村様にお仕えする忍。
ずっと武田だけに忠誠を誓ってきた。
それがどうして、あの伊達軍へ混じらねばならないのか。
一時でも幸村様ではなく、その好敵手である独眼竜の側につくということは、私にとって武田を裏切るも同じことだ。
とても気が進まない。
「お館様! 私にも理由をお聞かせください。なぜなのですか?」
もしやお館様は私の力はもう武田にはいらないとおっしゃっているのか。
だとしたら、私にとってそんなに辛く悲しいことはない。
するとお館様は、私を落ち着けようと頭を撫でてくださった。
「心配するな、紫乃よ。これは武田ため、そしてこの日ノ本のための重大な任務。お主を信頼しておるからこそ、伊達へ送るのじゃ」
「どういうことでございますか・・・?」
「聞け。前田の風来坊が織田を包囲すべく近隣の武将たちに協定を申し入れておるのは知っておるだろう。我らも同じ志じゃ。そこに独眼竜を取り込まぬ手はない」
それは、そうなのかもしれない。
幸村様の敵であるからして、私自身はどうしても独眼竜の力を借りることに気乗りはしないが、お館様の構想している織田包囲網には必要な力だ。
「・・・加勢することで信用を買われるおつもりなのですか?」
「あの小僧は信用などで物事を決めんよ。すでに断られておる。己の行く手を遮るものを斬るのみ、誰とも手など取り合うまい。
しかし、もし独眼竜が倒されでもすれば、織田を討伐せんとする我らには大きな痛手になりかねん。何としても伊達をこちら側につけねばならんのだ」
"伊達政宗の力なくして織田討伐は難しい。"
お館様はそう言っているように聞こえた。
幸村様はそれを聞いて、なんとも悔しそうに顔を歪めている。
「紫乃。お主はしばらく伊達軍の情報を集め、そして奴等を煽動すべく動くのじゃ。独眼竜の動向に合わせ、奴等を先頭とした織田包囲網の完成が我らの目的よ」