第3章 二人の主君
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「右目の旦那!」
佐助は幸村の率いる軍を一時離れ、先を行く伊達軍に追いついた。
両軍とも森を駆け抜けている最中だが、その距離はまだ離れている。
佐助は速度を上げて、先頭の小十郎に並び声を張る。
「猿飛か。どうした」
「ちょっとばかり上杉の忍から情報が入ったんでね。魔王は本能寺を離れて安土山にいる」
「なんだと?」
「確かな情報だ。俺たち武田軍はこのまま安土山へ向かう。・・・けど、このことを独眼竜にも伝えないと。おそらく本能寺は罠だ」
「分かった。俺が本能寺へ向かう。うちの軍はテメェんとこの真田に預けるぜ」
「了解」
すると小十郎は近くを走っていた良直にことのあらましを説明し、迅速に軍を安土山へと向かわせた。
「あ、そうだ、右目の旦那! ・・・竜の旦那には#name#が同行してるはずだから、よろしく」
「・・・アイツ・・・」
「素直じゃないんだけどさ、なんだかんだ、竜の旦那にご執心みたいだから。うちの紫乃ちゃん」
それを聞いた小十郎は満足げに馬を鳴らすと、佐助に向かって頷き、一人山奥へと消えていく。
──小十郎は本能寺へと一人向かいながら、紫乃について考えていた。
紫乃には特段、なにか大きな魅力あるわけではない。
それでもその身ひとつで奥州へとやってきて、奥州筆頭を目の前にして強い信念をぶつけてきた。
追い払っても諦めず、己の任務、主君の目的を果たさんと必死にしがみついてきたのだ。
彼女は優しさ、柔軟さ、そしてそれと同じくらいの頑固さを持っていた。
人への情と自身の心、どちらも大切にし、その性分は伊達の兵たちとの相性もよく、みるみる打ち解けていった。
伊達の流儀を受け入れて、自らもそれを信ずる。
今思えばそんな彼女を、政宗が気に入らぬはずはなかったのだ。
「・・・政宗様を頼んだぜ、紫乃っ・・・」
己の主君を思いながら、そんなことを呟いて、彼は先を急ぐのだった。