第9章 つんでれアクアマリン【A×O】
「お待たせしました~」
少しして、翔ちゃんが戻って来た。
「さっきの子…」
「さっきの?…ああ、智?」
「智?…ああ、そう。その子。
前からいたっけ~?」
「そうだね…1年以上になるかな?最近よく時間外でカット練習してるけど、会ったことなっかったかな…」
「うん…初めて見た…」
智が出ていったドアを見たままそう言うと、
「あれ?なんか感じちゃった、とか…?」
「感じた??何を?」
「え?いや…何でもない…智がどうかしたの?」
「うん…あの子さ……いや、いいや…」
有名人の俺のこと全然見なかったんだ、なんて、カッコ悪いこと、翔ちゃんに言えないよな…
「なんか、無口な子だよね~」
「そうだね~、今度、シャンプーとか、担当してもらおうか?」
「え?ほんとに?」
「うん…(^^;」
俺が、あんまり嬉しそうにしたからかな~
翔ちゃんはクスッと笑った。
自分でも分かんないよ~
何で『おおのさとし』に興味があるかなんて。
見られることに慣れ過ぎていて、それが当たり前になっていた俺にとって、一瞬でも見なかった彼が、ちょっと新鮮だったのかも。
……ミステリアス?っていうのかな?
話してみたいって、素直にそう思った。
俺の周りにいないタイプの人間だからかな?
俺は翔ちゃんの心地よい頭皮マッサージを受けながら、さっき見た彼の横顔を思い浮かべていた。
少年に見える丸い輪郭…
すっと通った綺麗な鼻筋…
柔らかそうな薄茶の髪…
少し丸まった背中に、細い腰…
中性的にも見える『おおのさとし』は、
数多いる俺の取り巻きや、スタッフの中にはいないタイプの…新たなカテゴリーに入る人種…
そんな気がした。
仲良くなれたら…いいのにな…
そんな事を思いながら…
翔ちゃんの指があんまりにも気持ち良くて…
いつも間にか、重い瞼に抗えなくなっていった。