第9章 つんでれアクアマリン【A×O】
俺がこの店に来るようになって3年。
翔ちゃんがいた前の店から、彼が独立するのを機に、俺もこっちに来るようになった。
彼の腕に惚れているのもあるけど、人間性っていうのかな?カッコいいのは見た目だけじゃなくてさ。
生き方も、持ってるポリシーも、リスペクト出来るんだよね~…変な意味じゃなくって大好きなんだ…翔ちゃんのこと。
いつも通り、心地いい彼の話術に引き込まれおしゃべりする…
それが俺のストレス発散にもなってる訳で…
カットが終った丁度その時、
「ディレクター、いいですか?」
「ああ、いいよ。今行く。
相葉ちゃん、ごめん、少し、外すけど…」
「いいよ、今日はもう仕事もないし」
「じゃ、ちっと待っててね。
……あ、智、中、掃いといて」
「はい…分かりました…」
個室を出たところで、翔ちゃんが誰かに指示を出している声がして、しばらくして代わりに入ってきた少年に、俺は釘付けになった。
「…失礼します…」
俺の顔をチラリとも見ることもせず、背中を丸める様にしてほうきでカッとした髪を集めていく彼…
こんな子、いたかな?
「おはよう~、ありがとね」
なぜだか、彼の声が聞きたくて、思い切って声をかけた。
「あ…いえ…」
でもその子は、俺をチラッとも見ずにほうきを操っている。
ちやほやされることに慣れっこになっている俺にとって、その反応はむしろ新鮮で。
「ねえ、君、名前は?」
「……」
「ここに来てどの位なの~?…ねえ、名前は?」
「…大野智です…」
「おおの、さとし…カットもするの?」
「……」
「ねえ、切れるの?」
「…いえ、まだ……お邪魔しました…」
「あ…」
『おおのさとし』は、俺の周りを綺麗にすると、遂に俺のことを一回も見ることも無く、さっさと部屋を出て行ってしまった。
何者??
俺のこと…知らない、とか?
へらへらお世辞を並べられるのが好きって訳でもないけど、あそこまで無視されると逆に気になっちゃうじゃん!