第38章 【花巻】夏の憂鬱は夜空に託して
「え?いや、大丈夫だよ!?」
そう言ってみるも花巻はお構い無しに進んでいく。
「ねぇ、聞いてる?花巻?」
「んなこと言って滑っても着替えないぞー」
「でも誰かに見られる」
「見てねぇって」
「でも」
距離が近過ぎる…。足を運ぶ度に体が密着して背中の大きさを感じるだけで頬は熱くてこのドキドキも聞こえてしまうんじゃないかって不安になるくらいだ。
「…はい、到着」
それから体は密着したままゆっくりと立ち止まり、乾いた砂利の感触が足元を不安定にさせる。早く離れなきゃっていけないって分かってるのに戸惑っているのは私の気持ちだ。
「…うん。ありがと」
「なぁ、このまま聞いてくれる?」
「なに、改まって」
花巻の次の言葉を待つまでの間、まるで時が止まってしまったかのように感じる。
「俺さ、が好きだったんだ」
月に照らされた重なる影。静けさを取り戻したその場所に、川の流れる音が響いていく。花巻の言葉がうまく理解できない…。
だって、好き、なのは私の方だよね?
「うそ…」
考えるより先に胸がいっぱいになっていく。たった三文字が信じられなくて言葉がうまく出ない。
「だ、って…」
「嘘じゃない。ずっと…」
“ずっと好きだった”
これほど強力に私の世界を一瞬で変えてしまうような言葉が他にあるのだろうか。まだ信じられなくて花巻の言葉を噛みしめては涙が溢れそうになる。体はふわふわとした感覚に包まれて夢をみているようだ。
「なぁ、こっち向いて?」
「…や、ちょっと、今むり」
「なんで?」
「だって…。どんな顔すればいいのか分かんない」
「そんなの気にすんな。なぁ向けって」
花巻の背中に顔を埋めるもあっさりと腕は解かれる。向き合えば視線を逸らしても表情はばれてしまう。
「ちょ、なんで泣いてんの?」
「…それは、………私も、花巻が好きだから」
「ほんとに?」
「うん…。だからすっごくびっくりした」
本当に、夢じゃないんだよね…?