第38章 【花巻】夏の憂鬱は夜空に託して
「でもね、及川の友達見てたらほんと着なくてよかったって思ったの」
「なんで?」
「ピンクとか女の子らしい色の浴衣が着れるのって、可愛い子だけの特権だよなって思い知らされた」
「他の色だってあるだろ?紺とか綺麗じゃん」
「似合う色と着たい色が違うとそれはそれで悩むの…。だから夏になるとなんか憂鬱だったんだよね...」
「紺とかいいじゃん。大人っぽくて色っぽいし」
「でもほら…、髪だってまだ短いじゃん…」
「これから伸ばすんだろ?」
「…うん」
「俺、待つし」
「え?」
「だって髪長くなったら浴衣着るんだろ?」
「…そりゃ着たいけど」
「じゃあ来年は浴衣着て一緒に祭り行こうぜ」
「でもみんな進学で県外行っちゃうじゃん」
「俺は地元に残るし、お前も残るんだろ?」
「そうだけど」
「なら問題ないじゃん」
さっきの言葉の意味も気になるし思いきって聞いてみようと思ったとき、遮るように名前を呼ばれる。
「え、なに?」
「なぁ、ここの川浅いし中洲まで行ってみねぇ?」
「いいけど…。大丈夫かな?」
「すぐそこじゃん」
「そうだけど滑らないかな」
「…じゃあ、手ぇ繋いでてやるから」
嘘でしょ?って思いながらも優しく笑う花巻に戸惑いながら手を出す。ぎゅっと握り返してくれた手は大きくて温かくて、成り行きとはいえ恥ずかしさと嬉しさが一気に込み上げてきてにやけてしまいそうになるのを必死で堪えた。
「行くぞ」
ニッと笑うとそのまま水を掻き分けながら中洲の方へ向かう。夜のせいなのかドキドキしてるせいなのかは分からないけど、花巻の横顔が凛々しく見えて自分の感情が高まってくのを感じていた。
「ちょ、っと、待って。ここすっごく滑りやすいかも」
足元はよく見えないしつい足をとられてしまってよろけそうになる。
「大丈夫?」
「ん…、平気。ちょっと滑っちゃっただけ」
「俺に捕まっとく?」
そう言うと私の腕を掴んで自分の腰に回す。
これじゃ私が花巻に抱きついてるみたい…。