第38章 【花巻】夏の憂鬱は夜空に託して
そして日も沈みかけてくる頃。ひとり玄関先で待っていると私服姿の花巻がやってくる。合宿のせいか少し焼けている感じで久しぶりに見るその姿に思わず口角が緩む。
「わざわざごめんね。迎えに来てもらって」
「家も近いし夜も遅くなるしな。やっぱ危ないかなと思って…」
気にかけてくれていることを言葉にしてくれるだけで嬉しい。零れそうになる想いを隠すように背を向けて玄関の門扉を閉める。
「じゃあ行こうか」
「おう」
夕暮れ時、花巻の隣に並ぶと懐かしい情景が目に浮かぶ。
「部活してる時は帰るのもっと遅かったよね。ミーティングが長くなると九時近くなることもあったし」
「まだ残ってんの?っていつも思ってた。でも今は引退したしちょっとは落ち着いたんじゃねぇ?」
「そうでもないよ?花巻はまだ部活してるから分かんないと思うけど、引退したら日常がガラッと変わっちゃって完全にバーンアウト」
「三年間部活漬けだったもんな」
「だって教室より体育館がホームだもん」
「ははっ、言えてる」
「でも、楽しかったなぁ」
「たまに顔だせば?むしろ男バレの練習に付き合う?」
「バレーは嫌いじゃないけど。でもそんなことしたら岩泉につまみ出されそう」
「そんなことし……そうだな」
「でしょー?」
他愛もない会話で自然に笑えてる自分がいる。素直に嬉しいと思える時間だった。
でもそんな時間も束の間、途中で聞かされたのは今回は及川の仲のいい女子二人も参加するという話。
及川の知り合いだから絶対可愛い子が来るんだろうなって思えばまた複雑な感情が芽生える。
「それじゃあ帰ろうかな…」
なんて冗談っぽく呟いてみる。困らせたいわけじゃないから“冗談だけど”とは付け加えるけど…。
「えー、なんで?」
「だって絶対可愛い子が来ると思うし」
「どうせ及川目当てなんだし気にすることないだろ?俺もいるじゃん」
「そうだけどさ…」
「俺らは俺らで楽しもうぜ」
“…な?”と花巻の手が肩に触れ、夕日を背に笑った顔が眩しく見える。
「お前いないとつまんないじゃん」
そんなキラキラした顔して言わないでよ。ドキドキして花巻の方をちゃんと見れなくなる。
こういうさり気なく優しいところが好きなんだなって花巻といるだけで溢れそうなる。でもそれがただ今は切ない。