第28章 【月島 蛍】夏の音色、風に乗って
兄ちゃんの知り合いって言っても男友達とかじゃなくて、いかにも兄ちゃんの好きになりそうなタイプの···女の人。
勉強の前に自己紹介された時、兄ちゃんと同じ大学で友達を通して知り合ったとか。
僕は別にそんなの関係ないとか思ってたけど。
勉強を教えられる時間が増えていく度に···
今日の服装はイマイチだとか。
前髪切った?だとか。
いつもと違ういい香りかする、とか。
何気ない変化が少しずつ気になって。
気が付けば···好きになってた。
そうなると最初は嫌々ながらの勉強の時間も楽しみで待ち遠しい時間に変わり、特に勉強や成績に関しては困るところなんてないのに週2日の予定を3日に増やしたり。
僕の部屋で過ごす時間を手に入れようとテストだからとか、レポート出さなきゃいけないからだとか作戦を考えては呼び寄せていた。
鬱陶しい梅雨の時期も終わり、夏本番という天気が続いた頃に···
「今日はね、蛍くんにプレゼントがあるの」
「僕に?」
そう言ってカバンから出した箱を差し出され、何が入ってるんだと思いながら蓋を開けると。
「風鈴?」
「そう、風鈴。夏ってさ、夜になってもずっと暑いじゃない?そんな時に夜風に吹かれてチリーンと鳴る風鈴って、なんかこう涼し気じゃない?」
風鈴の音で涼を求めるとか···
「この文明が発達したエアコン世界の現代に風鈴とか」
「そんな事ないわよ?ほら、ちょっと鳴らしてみて?結構キレイな音かするんだから。それに可愛いでしょ?金魚の柄とか」
指先でつまみ上げて見れば、確かに2匹の赤い金魚がガラスで透き通った風鈴に描かれていて、軽く揺らせば泳いでいるかのようにも見えた。
「ま、悪くはないんじゃない?」
そう言って立ち上がり、せっかくだからと窓の外に風鈴を下げてみる。
それは風に遊ばれながらチリーンと透き通る音色を響かせ、ガラスに描かれた金魚を泳がせていた。
「キレイな音···心が洗われていくわねぇ」
「そんなに濁った心がしてるの?」
「ちょっと!」
勉強なんてそっちのけで、わざと皮肉を言ってはじゃれ合う会話を楽しんでいた。
もしかしたら···このまま仲良くしていれば···僕の事を好きになってくれるかも知れない。
家庭教師が必要なくなった時、別の意味で···僕のそばにいてくれるかも知れない。