第23章 明燐【黒尾】そして陽炎は夢から覚める。[R18]
事の発端はこうだった。
一学期の終わり、終業式の日。
まだ梅雨の抜けきれないジメジメとした暑さの残るこの日、私は一人部室の整理をしていた。
マネージャーのいない女子バスケ部。
下級生なのばかり押し付ける事にいい気はしなくて、かといって同じ三年生に強要するのも違う気がして。
時々こうして一人、部室に籠って片付けをする。
「あれ、?」
突然呼ばれて振り向けば、隣のクラスの……確か。
「く、ろおくん……?」
「アタリ。一人で部室の片付けか?いや、明かりがついてんの見えたから」
「あぁ…うん、そうだよ」
黒尾くんとは選択の授業が同じ。
部活はバレー部、の主将。
髪型が独特。
そしてモテる。
自分が知る限りの彼の情報を思い出す。
と、言っても片手に納まる程度の事しか知らないのだけど。
「で、終わりそうなわけ?」
「あ、えっと…あとあの上の段ボールに入ってるテーピングとボトルのストックを下ろせば…」
別に急ぐ必要はなかった筈なのに、急に慌てて段ボール箱に触れてしまったから。
「……っぶね…!!」
グラリと傾いた段ボール箱が私を目掛けて落ちてきてしまった。
痛い…と覚悟したのに衝撃も痛みもやってこなくて。
代わりに知らない香りに包まれていた。
ゆっくりと目を開ければ、床に転がるテーピングが一つ。
そのまま顔を上げると僅かに笑みを浮かべた黒い瞳と視線がぶつかる。
「ワリ…急かしたつもりじゃねぇんだよ、大丈夫か?」
「……………っ、」
その瞬間、感じてしまった。
彼の匂い。
「…………?」
この匂いは、
もっともっと欲しくなってしまう、そんな匂いだ。
「…オイオイ……なんつー顔、してんだよ」
夏の、暑さのせいだろうか。
私は無意識に、本当に無意識に…黒尾くんのTシャツの裾を掴んだ。
「はぁ…オマエな………」
ガシガシと頭を掻いて溜め息をついた黒尾くんは後ろ手に部室のドアを閉めた。
遠くに蝉の声が聞こえた。