第20章 【赤葦】ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても
目を大きく見開いて、さんが顔を赤くする。
「あ、赤葦にそんな冗談似合わないよ」
「俺だって冗談の一つくらい言いますよ」
「そんな無表情でしれっと言われてもわかんないから! シュールかっ」
「ナイス突っ込みです、センパイ」
「突っ込み役は赤葦の専売特許だよ?」
「いつからそんなもんに」
「光太郎とコンビ組んでから」
「木兎さんとお笑いコンビを組んだ記憶はありませんが」
「雰囲気出てるもん」
「おかしいな、あの人といる時は比較的真面目なつもりでいるのに」
この場所でこうしてさんとふざけ合うのも、日差しの熱を浴びながら飲むラムネも、今日で最後になるのだろう。
ここへ来る度に大きく腕を広げて喜ぶ姿も、堤防の上、定位置に腰かけた直後に両足を前に放り出す瞬間も。
波の音に乗せて俺の名前を呼ぶ涼やかな声も。
みんな、みんな最後だ。
行ってくるね、と言って駆け出す後ろ姿を、追いかけようとは思わない。
「赤葦、私やっぱり光太郎に告白するね」
「やっと決心がつきましたか」
振り向いてわらったさんの表情は清々しいものだった。高い位置で束ねてある髪の後れ毛が靡く。
「赤葦がいてくれて、よかったよ」
翻る制服のスカート。
背を向けた彼女が再び駆け出す。
手違いで百万本のバラの花束が贈られてきてしまったような、今の俺には全くの不似合いであろう賛辞だ。
それなのに
今までのどの時間よりも最高に嬉しい瞬間だった。
その、たった一言が。
「……大丈夫ですよ」
さんには打ち明けていない秘密。
「木兎さんもさんと同じ気持ちだから」
まだ少し潮風が目に染みる。