第20章 【赤葦】ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても
この気持ちを打ち明けるつもりなんてない。そう思っていた。
届かないからこんなにも恋しいのだ。
決してキスは出来ないから時折喉から手が出るほどに欲しくなる。
「……ごめん、なんか今年が最後と思ったらシンミリしちゃっただけなの。あ、そうだ、やっぱり手洗ってこようかな」
「さん」
立ち上がったさんの手首を掴んで止めた。
目の前でスカートが緩く靡いているけれど下心なんて今はいらない。ただ、俺を見下ろすその瞳にあとほんの少しでいいからこの景色を刻んでほしいだけ。
「……俺じゃ、駄目ですか」
「……え?」
「泣くほどあの人のことが好きですか。そうやって臆病になってしまうくらい木兎さんのことが大切ですか」
「赤、葦?」
「そんなに不安になるのなら、いっそのこと俺にしませんか」
水平線は太陽をのんびりと手招きするように揺れながら光っているけれど、重なり合い飲み込まれるまでにはまだしばらくかかるのだろう。夏は眩しい時間が長くて眩む。
飲み干した自分のラムネの瓶がコンクリートを濡らしていた。水滴で出来た円形模様も時間が経てば乾いてしまう。
あたかもはじめからそこには何もなかったように。
「や、だなぁ、何言ってるの? 冗談だよね…?」
後ずさったさんの腕が俺から解放されたがっているとわかった。このまま強引に強く彼女を引き寄せてしまったら、何もかもが全て壊れてしまうことも知っている。
瓶の中からガラス玉を取り出すつもりは毛頭ない。
それはきっとこの中にあるからこそ美しいのだ。
ただほんの少しだけ、誰よりも近くでこの人を見ていたかった。あともう少しだけ、その瞳に俺を刻んでほしいだけ。
この夏がほんの僅かでもさんの記憶に残りますように、と。
「___はい、冗談です」