第20章 【赤葦】ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても
半分ほど中身の残るラムネ瓶を両手で包み膝を抱えるさんの視線はガラス玉に注がれていた。
震えている長い睫毛はそよぐ潮風のせいだろうか。
「……ずっと、怖いの」
腰の辺りに響いた子供の笑い声に重なって、さんが呟く。
堤防を下った海沿いの道。
この街はいつも揺るがずに俺達を背後から見つめている。
「光太郎は私のことどう思ってるのかなって気になる気持ちの反対側で、このままでもいいんじゃないかって時々思う」
「……またそんな」
「たぶん光太郎は私のことそういう風には見てないよ。上手くいく自信なんてないし、ダメだったら私絶対普通に振る舞えない」
そんな風に、自然のままに。俺も優しくなれたらいいのに。
少なくとも今さんの隣に座っている自分には当てはまらない。物わかりのいい優しい人間ってやつを演じているだけ。
去年の夏、初めて彼女と二人でこの場所に来てラムネを飲んだ。
これが温かな缶コーヒーとコーンポタージュに変わっても、某コーヒーショップの苺のフラペチーノが美味しい季節になっても、時折こうしてさんと海に来ては彼女の想いを見守っているふりをした。
「今まで通り友達でいることできるかな…って。マネージャーとして、チームメイトとして、光太郎のこと真っ直ぐに見てられるかなって」
彼女の不安を餌にして得る、ひとときの甘味と満腹感。それでも、それが確かに恋をしているという証明だった。
本当は、さんには打ち明けていない秘密がある。
「さん」
名前を呼ぶと、さんの瞳からこぼれ落ちた一粒の涙が瓶の口から炭酸飲料の中にポタリと落ち混じって溶けた。
肺に入り込んだ潮風が胸に染みて痛い。
「……赤葦?」
「……泣いたところ、初めて見ました」
涙の後が残る頬に腕を伸ばして赤くなった瞳の端を親指で拭った。
俺は優しい人間なんかじゃないけれど、さんがこうして泣くのは辛い。
ただ少しでも、その瞳に長く映っていたいだけだ。
さんが他の誰を想っていても、その人との関係を鼓舞するだけの時間であっても。
さんの隣を失いたくなかった。