第20章 【赤葦】ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても
小さくて丸いラムネの飲み口の先で唇を尖らせる彼女から視線を逸らし、ガラス玉の周りを発砲し続ける清涼水を口に含んで瞳を細めた。遥か先に見える水平線が眩しい。
これが意地悪になるのなら、俺はあなたからそうとうえげつない意地悪をされていることになるな。
そんな想いはもちろん口には出せず、無音で水面を奏でるような光を見つめながらまたラムネを口の中で弾かせる。
「木兎さんのこと好きになってどれくらいでしたっけ」
「え? んーと、一年の夏からだから、二年か。……うわあぁぁ」
「なんすか、うわあって」
「いや、なんか改めて口にすると、そうか、もう二年もあいつのこと好きなのかってちょっとびっくり」
押し寄せてくる波を器用に乗りこなす黒色のウエットスーツと色鮮やかなボードを眺めてみても、視界の片隅で熱を宿した頬をラムネの瓶に押し当てるさんの仕草へ意識が強く働いてしまう。
彼女にそんな質問をしておきながらなんだが、そういえば自分はどうだったろうと記憶を辿った。
中等部に引き続いて入部した高等部バレー部のマネージャー。それがさんだった。
何を頼んでも嫌な顔ひとつしない人だな。それが彼女に対しての最初の印象。
遠慮しがちな後輩に気遣いを見せるさんには入部当時から憧れている奴も多かったように思う。
恋心を自覚したのはの夏の始まり。
さんの見つめる視線の先に映る人の姿に気が付いた時。
ああ、あの人か。あの人なら仕方ない。
そう納得した心の底で、カランと寂しげな音がした。まるで、飲み終えた直後に瓶の窪みを弾いたガラス玉ような。
「……やっぱり、ちゃんと伝えたい」
「それがいいと思います」
「めんどくさそうな反応だなぁ」
「通常通りですよ」
「……早く解放してくれって思ってる?」
「? 何がですか」
「赤葦にはずーっと相談に乗ってもらってるもんね。いい加減疲れるでしょ、こんなの」
「今さらそんなこと言いますか」
「誰にも言ってなかったのに、赤葦が気付いちゃうからいけないんだ」
「え、俺のせい」
さんの筋の通らぬ発言に、俺は海原の彼方から再び彼女へと視線を移した。