第20章 【赤葦】ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても
特別であることには違いなかった。
過るのは、一見なんの変哲もないガラス玉をどうにかして取り出そうとした遠い記憶。
今となってはなぜそこまでしてこの掌に招き入れたかったのだろうと思う。
十代に曖昧な価値があるように、ガラス玉もこの中に存在するから美しく見えるのだ。
「いい加減気持ち伝えたらどうですか」
「それが簡単にできたら苦労はしない」
乾杯、の代わりに二人でコンと奏でた音は、ほんの瞬きの分だけ手の甲に涼風を呼んだ気がした。
熱をふんだんに含むコンクリートの上に折り畳んだタオルをひいて腰を下ろす俺達の目の前には、大海原と白い砂浜が広がっている。
「わわっ、こぼれたーっ」
「ああもう、しばらく押さえたままでって教えたじゃないですか」
吹き零れた炭酸飲料に慌てたさんが声をあげた。
白く細かな泡に変化したそれがラムネ瓶の口から溢れて風に散り、仄かな柑橘の香りと微かな飛沫が頬に飛んでくる。
こんなこともあろうかとリュックからハンドタオルを取り出しておいて良かった。
ガラス玉を落とし損ねた自分の瓶は今か今かと待ちわびるように堤防の上で汗をかいているが、まずはこの人の細作りな手を綺麗にすることが先決。
少し歩いた先に手洗い場があったことを告げ真っ白な手にそっとハンドタオルを被せると、彼女は首を横に振りながら眉尻を垂らしありがとうと言ってわらった。
この場所に来るとさんの笑顔が普段よりも特別に思える。
潮風と太陽の熱は恋情の趣を変えてしまうのかもしれない。
「今年が最後の夏ですよ」
「わかってるけど…。ほら、春高に向けてそれどころじゃ」
「去年もそんなこと言って結局何もしなかったじゃないですか」
「……うう、だって」
お決まりの『だって』をやれやれといった気分でラムネと一緒くたに流し込む。
夏休みの時期とあってか海にはサーファー達が点々としているが、時は夕刻に差し掛かろうとしているためか人は疎らだった。
「さん、大学は木兎さんとは別ですよね?」
「……うん」
「ぐずぐずしてたらあっという間に卒業ですよ」
「……うん」
「あの人けっこうモテるから、大学行ったらますます女の人寄ってくるんじゃないですか」
「……赤葦の、いじわる」