第11章 山の国 Ⅲ※※
蝋燭のぼんやりした灯りの中、ゼロは山姥切の顔を温かい布で拭っていた。
彼の鼻先や唇の赤黒い凍傷はすっかり消え、元の美しい顔に戻っている。
普段は薄汚れた顔で隠しているが、彼は山姥切国広。
国広が鍛えた第一の傑作である。
国広の名に恥じない程、彼は確かに美しい。
昔、ゼロの本丸にいた山姥切国広も、同じように顔を隠していたが、美しい顔をしていた。
「…………」
ゼロは布をテーブルの上に置くと、その横にあった指輪を手に取る。
その指輪は、山姥切国広の紋付鈴。
ゼロがその指輪をはめ、その指輪に山姥切が口付ければ、彼はゼロの刀剣男士となる。
ゼロは指輪を見つめ、それを指先で弄ぶ。
「山姥切、私は……私なりに、お前を大切に思っているんだよ」
山姥切は、はぐれ刀剣男士であることを卑屈に感じている節がある。
ゼロが強く求めれば、山姥切は彼女の刀剣男士になるかもしれない。
だが、そうすれば山姥切を、彼女に課せられた運命に巻き込むことになる。
そのことが、ゼロには何よりも苦痛なのだ。
「なのに、お前を突き放せない弱いやつだ……私は」
ゼロは指輪を握りしめ、グッと力を込める。
再び彼女が手を開くと、指輪は鈴へと戻っていた。
「私が望んでも、お前は私を選ばない……だろうな」
ゼロは自嘲気味に笑う。
昔、彼女が鍛刀した山姥切国広は、彼女の本丸にはもう、いない。
ゼロの本丸に、山姥切国広が再び鍛刀されることはなかった。
だからきっと、山姥切国広はゼロを選ばない。
ゼロは紋付鈴をテーブルの上に置くと、部屋から出て行った。
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