第9章 山の国 I
山の国に入り、ゼロ達は国境付近で野営をしていた。
火を起こし、いつも通りゼロが食事を作る。
慣れ親しんだ味に山姥切は安心感を覚え、ほっと一息つく。
歌仙はというと、無作法者と罵ったゼロに料理が出来ると知り、とても驚いていた。
「山からの風は気持ちがいいね。潮風はベタベタしていて好ましくなかったんだ。ベタベタ……そう、僕の審神者みたいにベタベタ。虫唾が走るね」
「おい、審神者を悪く言っていいのか?」
これまで、山姥切が知る刀剣男士は加州清光のみ。
彼は主であるゼロを愛していると口にし、彼女と共に戦っていた。
それが普通だと思っていた山姥切には、歌仙の言葉が衝撃的だった。
「関係ないね。僕の審神者は醜く生き足掻いて、死んだ。体も心も、綺麗さっぱり無関係だ」
「…………」
審神者と刀剣男士、その間にあるものは何なのか。
山姥切はゼロの方を見る。
「審神者との関係は様々だよ。たとえ相手に憎しみを持っていても、紋付鈴があれば離れられないのさ」
山姥切はファイブが死んだ時のことを思い返す。
彼女が死んだ後、歌仙はファイブの名前を忘れていた。
時折、ファイブとのことを嫌そうな顔で話すことはあるが、名前だけは思い出せないという。
紋付鈴の存在と何か関係があるのだろうか。
「……けど、紋付鈴の有無は関係ない。ちゃんと絆はある。私はそう、思っているよ」
ゼロは左手を見ながら、そう言った。
その手には、指輪が二つ。
その指輪を見つめるゼロの顔は、とても悲しそうに見えた。
チリンと山姥切の紋付鈴が鳴る。
この鈴が、指輪に変わることはあるのだろうか。
山姥切は胸が締め付けられたかのように、息苦しさを感じた。