第15章 雨の中で II
「ねえ山姥切、あんたにもいつかわかるよ。誰かを大切に思う気持ち。それはさ、音もなく心に根付いていて、やがて大きな花を咲かせるんだ」
「俺には、わからない」
「わかるよ、俺にはわかる」
また、知ったように言う。
困惑しながら俯く山姥切に、加州は微笑むと、ゼロの横に立つ。
彼女の手をそっと握り、額に口付けるとゼロの額には何かの紋様が淡く光りながら浮かび上がった。
「此の心、力……今、始まりの審神者、ゼロのもとに戻らん……」
加州は祝詞を唱え、ゼロの唇に口付けを落とす。
「ずっと一緒だよ……ゼロ」
やがて、加州の体が紅い光を放ち、彼の体は眩い光に覆わていった。
その眩しさに、思わず山姥切は目を閉じた。
「……か、加州?」
次に目を開けたとき、そこに彼の姿は居なかった。
そこに残されたのは、刀だけ。
朱塗りの鞘に納められた、打刀。
加州清光だけが、そこに残されていた。
山姥切は刀を手に取ると、グッと鞘を握りしめた。
そして、ゼロが眠る部屋の隣室に加州清光を置く。
彼女が目を覚ましたとき、彼が刀に還ったことをすぐに知るのは、酷なことだと思ったから。
「目を覚ませゼロ、お前が願いを叶えたいのなら」
この三日後。
ゼロは目を覚ました。
そこから山姥切は想像もしなかったゼロとの日々を過ごすことになる。
そして、加州清光の最後の言葉は、未だに山姥切に問いかけていた。
「いつかわかる」
そんな日が、来るのだろうか。
特定の主を持たず、一振りで生きる自分に、そんな日が。
けれど、確かに山姥切の心は変わりつつあった。
ゼロと出会ったこと、彼女と過ごしたことで。
想いは音もなく根付き、そしてーー。
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