第1章 野宮 暖人
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「やっぱり私…暖人の事が好き」
「………」
情事の後…俺の腕の中にいる彼女がそう呟く。
俺はその言葉に何も返す事が出来なかった。
彼女とやり直せるなら俺だってやり直したい。
でもそれは無理な話だ……だって彼女はもう他の男のものなのだから…
「ねぇ…暖人さえ良かったら時々私と……」
「…やめて下さい」
「……、」
「俺たちはもう終わってるんです……そもそも俺を捨てたのはあなたの方でしょう?」
あの時俺がどんなに惨めな思いをしたかきっと彼女は知らない。
突然「結婚するから別れてほしい」と言われた俺が、どんな思いで毎日を過ごしていたのか…
「暖人が私を許せない気持ちはよく解る……でも…」
体を起こした彼女が俺の頬に手を伸ばしてくる。
「私だって本当は別れたくなかった…」
「…今更そんな事……」
「解ってる…こんな事言うのは狡いって…。でも暖人に嫌われたままなのは嫌だから…言い訳をさせて…?」
「………」
千代子さんの話はこうだった。
今の旦那と結婚したのは、彼女の父親の為…
当時彼女の父親が経営していた会社は倒産の危機に瀕していたらしい。
このままでは一家どころか社員も路頭に迷ってしまう。
そんな時、大病院の院長の息子である医師に見初められた彼女。
金を工面してもらう代わりにその息子と結婚するというのが、両家族の間に取り決められた約束だった。
(何だよ、それ…)
じゃあ俺と別れたのは、それが原因だったって言うのか…?
俺は体を起こし、彼女の両肩をぎゅっと掴んだ。
「なんであの時教えてくれなかったんですか…!」
「…まだ学生だった暖人に言える訳ないでしょう?就職だって決まったばっかりで…そんなあなたに余計な気を遣わせたくなかったの…。それに…あなたに話したところで何かが変わる訳じゃない」
「………」
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