第1章 野宮 暖人
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(あっちぃ…)
季節は夏真っ盛り。
仕事で外回りをしていた俺は、喫茶店に入って休憩を取っていた。
千代子さんが俺の前から姿を消して早半年が経とうとしている。
当然彼女からの連絡は無く、携帯もいつの間にか解約されてしまっていた。
昔俺が入院していたあの病院へ行けば、彼女と会えるかもしれない…
そんな淡い期待を抱いて何度か病院を訪れてみた事もあったが、彼女を見掛ける事は一度もなかった。
その気になれば彼女の居場所を突き止める事は出来ただろう。
けれど俺との関係がバレて彼女に迷惑を掛ける訳にはいかない…
そう思うと結局行動に移せず、今だ彼女に会う事は叶わないでいた。
(でも…これで良かったのかもしれない…)
最近は少しずつ前向きにもなり、そう思えるようにまで心の傷も癒えてきたところだ。
あのまま関係を続けていたとしても、互いを傷付け合う結果になる事は目に見えている。
「あっ、先輩こんな所でサボってるー!」
「…?」
ふっと俺の前に現れた女……彼女は去年入社した俺の後輩だった。
「…俺は休憩。お前こそこんな所でサボり?」
「失礼な!私は今日のノルマだった外回りが全部終わって会社に戻るとこだったんです!そしたら先輩がここに入っていくのが見えたから!」
そう言いながら俺の向かいに座るそいつ。
会社に戻るんじゃなかったのかよ…
どうやらコイツは俺に気があるらしい。
以前そんな事を言われたが、その時の俺は姿を消した"彼女"の事で頭が一杯だったので構ってやる余裕も無かったのだが…
「先輩…前よりも少し元気になりましたね」
「………」
ふと真面目な顔でそんな事を告げられる。
自分ではポーカーフェイスが出来ていると思っていたが、彼女の目にはそうは映っていなかったのだろうか…
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