第1章 10月と君と秋風と
話は先週のはじめにさかのぼる。いつもと何も変わらない月曜日だった。そう、昼休みに2列前の森さんが俺の席にやってくるまでは。
「中地君、お菓子焼いたんだけど、どうかな?」
ふんわりときれいに膨らんだパウンドケーキには、透明な袋のラッピングとピンクの細いリボンがまるで売り物のようにかけられている。
「え?!いいの森さん?!」
「うん。パウンドケーキ好きだといいんだけど…。」
彼女は恥ずかしそうに、それでいてどこか照れたように笑う。いや、嫌いだったとしても、食べるでしょ。…だって、好きな子が作ってくれたお菓子なんだから。
「…じゃあ、これにする。」
結局、俺が選んだのはピンクのハンカチだった。流行りの「パステルカラー」というやつらしく、生地より少し濃いピンクで花の刺繍があしらってある。
「うん、いいと思う!きっと喜んでくれるよ!」
佐久間さんは頷いて笑った。少しほっとした。佐久間さんが言うなら大丈夫だろう。
女子にお返しなんてしたことがなかったから何を贈ればいいのかなんて分からなかったけど、佐久間さんに相談してよかった。と同時に、自分の買い物でもないのにこうして付き合ってくれた佐久間さんは優しいな、と思った。
その後俺と佐久間さんはモール内の色々な店を見て回った。折角贈るのだからラッピングをしようと佐久間さんが言い出し、疎い俺の代わりに結局手際よくやってくれた。
後から思い返すと、あれだけ店を見たにも関わらず、佐久間さんは自分のものを買っていなかったような気がするが、気のせいだろうか。