ここは彼の世界です【HUNTER×HUNTER】続編
第160章 額の中の物語
豊かな山々に囲まれた田舎の村に住んでいた娘は太陽の色に輝く髪をした少年に恋をした
そして少年もまた長い漆黒の髪を持つ少女に恋をしていた
娘の住む村は平和だが何の変哲も無い場所で退屈な事も多かったけれど
少年は娘に見たことも無い美しい花や光る宝石等会うたびに不思議な贈り物を贈り娘を喜ばせた
月日は巡り二人は大人に成っても慕い合っていた
しかし娘はどうしても不安が拭えないでいた
何故なら小さな小さな村の中で誰一人青年を知る人物がいなかったからだ
豊かな自然が二人を隠す森の中でしか青年に会った事はなかった
自分だけの前に姿を現す青年は誰が見ても聡明で美しいと言うだろうに
村の娘達の間で青年の噂は耳に入る事はなかった
そんなある日の夕暮れ
娘は青年に尋ねてみる事にした
「お家は何処なの?家族はいるの?」
青年は途端に黙ってしまって
二人は陽が暮れる前に別々の場所へと帰った
ずっと笑顔の絶えない青年の暗い表情を娘はこの時初めて目にした
眠れない夜、暗い室内に月明かりが差し込みその儚さに瞼をそっと閉じたその時
娘の前に影を落としたのは間違いなく青年の姿
だけど闇に浮かぶその姿は幻想的なものだった
双眼が赤みを帯びてギラリと光り、その背中には闇に溶けそうな黒い羽根、そして恐ろしいツノを生やしたその姿は神話で聞いた悪魔そのもの
しかし娘は不思議と怖いとは思わずに夕暮れ時と同じ質問を投げ掛けた
青年は薄く笑みを浮かべると変わらぬ声色で真実を紡ぐ
「僕は悪魔だ、君に恋をしたから人間のフリをしていた」
そっと手を掬い口付けをひとつ落とすと美しい悪魔は続けた
「僕と一緒に来てはくれないか?」
悪魔は娘を魔界に連れて行きたいと言い出したのだ
勿論生身の人間には不可能な話
「君の魂だけを連れて行く」
娘は最後まで話を聞いて悪魔を見詰めた
娘を見詰め返すその瞳は焦がれる様に赤く娘は静かに頷いた
悪魔は安堵した様に微笑むとそっと唇を奪って死体に成った娘を心底愛しそうに抱き抱えた
娘は恋心に連れ去られてしまったのだ