第6章 炭治郎日記 後編
兄の名前が出た時。私の脳裏に、ふと幼き頃の兄と共に父の顔が浮かんだ。生前、私は気になっていたことを父に聞いたことがあった。あの時、どうして私を捕まえることが出来たの?と。私が竈門家の娘になる前に逃げ出したあの時、病弱な父が私を掴まえられたことが不思議だったから。すると、父は答えた。
「動きを先回りすることなんて簡単なんだよ。相手の動きや癖をちゃんと見ればね。そこから先を予測することなんて容易いのさ」
と。予測する…
「………何か掴んだみたいだね」
真菰が攻撃の手を緩め、私に真っ直ぐ刀を向ける。私もゆっくりと真菰に刀を向けた。
「うん。ありがとう真菰」
「お礼を言うのはまだ早いよ。私に斬られちゃって、真っ二つってこともあるんだから」
柔らかな笑顔でとんでもないことを言う真菰だったが、私は意外にも冷静だった。ふぅっと息を吐き、そして彼女を真っ直ぐと見る。
「…多分大丈夫。行くね」
ヒュゥゥゥゥゥゥ
…全集中…。刀を握る手に力を込めると、もう私の耳には何も入ってこなかった。……真菰の両足に力が入り、彼女の姿が消える。だが、私は慌てなかった。彼女は右に重心を置いていた。だから…彼女が現れる方向は………
「っ!!!!!!!!」
一瞬、真菰の淡い色の着物が視界にチラつき、私は躊躇なく刀を振り下ろした。そして………
「うん。よくできました」
私は真菰のお面を斬った。その時の真菰は泣きそうな…嬉しそうで…どこか安心したような笑顔だった。ふと真菰が視線を逸らし、私もそちらへ顔を向けると……
「お兄ちゃん!?!?!?!?」
「えっ!? 幸子!?」
そこには、私の反対側の山で修行をしていたはずの兄がいた。私と同様、錆兎と鍛錬していたらしい。錆兎と視線が合い、彼もまた真菰と同じく満足そうに微笑む。
「……勝ってね。炭治郎、幸子。アイツにも」
真菰の声に私は彼女を振り返る。しかし、そこには真菰の姿はなく、そして錆兎も兄の姿も無くなっていた。
「………え……」
代わりに私の目の前には、真っ二つに分かれた滝がチョロチョロと頼りない音で流れていた。