第3章 見知らぬ誰か
鱗滝さんが戸を開けた頃、私達はやっと彼に追いついた。兄は肩で息をしながら地に両膝を付く。
「こっこっ…これで俺はっ認めてもらえましたか…?」
鱗滝さんはそんな兄に直ぐに言い放った。
「試すのはこれからだ。山に登る」
そのときの兄と私の顔と言ったら、恐らく見物だったことだろう。鱗滝さんは姉が眠っている籠を私に渡し、兄を引き連れて再び山へと登って行った。
「………お兄ちゃん!! 頑張ってね!!」
私の言葉に手を振り返していた兄は、鱗滝さんと共に霧の中へと消えていく。私はひとつため息を吐き、鱗滝さんの家へと足を踏み入れる。……姉を人間に戻す。なんて豪語したが、結局私は何もできずにいるし、それに…何も話せずにいる。
「…ごめん…お兄ちゃん…」
お姉ちゃんがこんなことになり、2人が天涯孤独となった元凶のくせに。恐らく、誰よりも鬼舞辻無惨と過ごしてきたくせに、私は何も知らないのだ。謝ることもできず、姉を人間に戻す手がかりも知らず……鬼殺隊にいたくせにかじった程度で役にも立てない。
「………私はいつだって何も出来ない」
再びため息をつきながら、カタカタ…と音をたてた籠の様子を見る。日はまだ落ちていないので、姉はまだ眠りの世界にいることだろう。鬼になった姉も夢は見るのだろうか? 見るとしたならば、どうか家族の楽しい夢であって欲しい…と私は無意識のうちに祈っていた。
「……これも逃げだよね…」
鬼は夢を見ない。少なくとも、鬼舞辻はみないと言っていた。鬼は人間とは違う、と。ただ…ふと思い出すのは眠っている時の彼の姿。
「………なんであんなに険しい顔…してたんだろう…」
鬼舞辻が穏やかな顔をしていたのは、人間に化けていた時くらいだ。鬼としての彼はいつも……怖い顔をしていた。